「 脳出血 」と付き合うという人生
今日は一番最初に実装した「脳出血」の定期通院だった。
それ終わりでブログを「山パン」のおいしい喫茶店で書いている。
この時間、本当に好きだ。
2015年朝、それは突然の出来事だった。
たしかに「前触れなしに起こる病気」とは聞いたことがあった。
夏の終わりごろでフジファフリックの「若者のすべて」が似合う時期。
翌日は会社が休みだったので夜の涼しさを体感するためにウォーキングに出かけた。
1時間くらい歩いて帰ってきて風呂に入って普通に就寝。ただそれだけの日常。
翌朝は早めに用事があったため支度をして車に乗った。
最初の異変はこの時。シフトレバーを下ろそうと左手をシフトノブに持っていって下ろそうとしたがなぜが力が入れられずDレンジに入れられない。指の間からスコンッと抜けてしまうのだ。この時は何とも思わず右手で下ろして出発した。(これ実はもうすでにかなり危険だったんだと後で思った。)
目的地に着き、とあるお店で要件を終え、後日連絡するため店員さんに名刺をもらった。
2番目の異変はここ。その頂いた名刺を左手で持っているつもりなのに気付くと手放して落としている・・・。この時に「朝も左手チカラが入らなかったな」と初めて気にした。それからまた車に乗りやはり動かせないシフトレバーを右手で下ろして出発。
運転中もこの出来事に少し気になってきたので、帰路で見かけた「整形外科」に飛び込んで相談した。
医師は「寝違えただけでしょ?ビタミン剤出しときますからゆっくり休めてください」で終わった。なんとなく違和感は感じたがしょうがないのでそのまま家に帰った。
医師の云う通り「休めば治るのかな」と思い横になって30分くらい仮眠を取った。
ここで決定的な第3の異変が起きた。口の左半分が閉じない。涎で枕がベットベトになるくらいに。いくらなんでも普通じゃないと思い、手元のiPhoneで症状をググった。
出てくる言葉は「 脳 」「 脳障害 」「 一刻も早い対処 」etc…
焦る・・・目の前が真っ暗になるくらいにパニくる・・。
幸い意識は完全にあるし動けるので(まあこの時点で呂律は全然回ってなかったようだが)家の目の前にいつもタクシーが止まっている場所があるのでそこからタクシーに飛び乗った。
最初(正確には2件目)に行った病院で症状を一言話したら看護士が察したらしく「ちょっと待って!ここにすぐ寝てじっとしてて!車いす持ってくるから。」
で、待っている他の患者さんを割り込んで先生に診てもらう。先生は5秒くらいで
「ここではダメだ。すぐ救急車呼んで大きい病院に運んで!」
そこからはもう慌ただしくてなすがままだった。ドラマで見るような救急車~緊急処置室~MRIまで目の前で繰り広げられた。MRIから出てきた私に落ち着いた若い先生が「脳出血してますね~」とライトに言ってきた。このまま帰れるのかと思うくらいにライトに。なので起き上がろうとしたら
「あ!ダメダメ!今日から集中治療室でしばらく治療。もちろん入院ですよ。」
当然である。脳出血なんてこの世を去っても仕方のない病気である。それが奇跡的に動けているだけなのだから。
まだまだ入院時や退院後のことも書きたいが長くなったのでこのくらいで。
今日でほぼ丸4年になるが左の薬指と小指が動きにくいこと以外には後遺症もない。
一度無くなった命と思って生き続けている。
5年目からは「生き方を変える」というテーマを持ったのでそれを糧に魂を無駄にせず一生懸命生きていこうと受診後再度誓った今日でした。